相場の画面を見ていると、値段が大きく下がった日に、慌てて売りたくなることがあります。その気持ちを、脳の仕組みで説明する話はよく聞きます。人は、同じ額なら、得より損を重く感じるという説明です。150本の論文をまとめた2024年の研究では、損の重さは得のおよそ2倍でした。だから値段が下がると、人は怖くなって売る、と続きます。

では、値段が本当に大きく下がった月に、人は売っていたのでしょうか。

日本の取引所の記録では、逆の向きでした。日本の取引所の会社でつくる団体は、利用者が預けているビットコインの量を、毎月の終わりに数えて公表しています。2018年9月から2026年8月までの8年分では、ビットコインの値段が1か月で2割以上下がった月が5回ありました。その5回とも、預けられたビットコインの量は、前の月の終わりより増えていました。

ただし、預けている量が増えたことは、買った量が増えたことと同じではありません。取引所の外に自分で置いていた分や、海外の取引所から送り込んだ分でも、預けている量は増えるからです。売るために送り込んだ分なら、意味は逆になります。この記事では、増えた分がそのあとも残っていたか、預けていた円がどう動いたかも確かめます。

この記事は、いつ買えばよいか、いつ売ればよいかを書きません。預けた量が増えたあとに値段がどう動いたかも数えていません。確かめるのは、値段が大きく下がった月に、日本の利用者が預けている量がどう動いたかだけです。

暴落の月には、日本の取引所に預けられたビットコインが増えていた

業界の団体が、毎月の終わりに預けられた量を数えている

日本で暗号資産の取引所を営む会社は、業界の団体をつくっています。略してJVCEAと呼ばれる団体です。この団体は、会員の取引所に利用者が預けているビットコインの枚数を、毎月の終わりに足し合わせて公表しています。2026年8月の終わりは、約17万枚でした。

預けられた枚数が増えるのは、利用者が取引所の会社から買ったときと、外から送り込んだときです。減るのは、取引所の会社へ売ったときと、外へ引き出したときです。利用者どうしの売り買いでは、売った人の分が買った人へ移るだけなので、合計は変わりません。

暴落の月は、1か月で2割以上下がった月とした

この記事では、ビットコインの値段が、前の月の終わりから2割以上下がった月を「暴落の月」と呼びます。値段は、海外の大きな取引所のドル建ての値段で、月の最後の日の終わりの値を使いました。2割という境目は、株の世界で「弱気相場」の目安によく使われる下げの幅です。預けられた量ではなく、値段だけで決めました。

8年分の95か月のうち、暴落の月は5回でした。2018年11月、2020年3月、2021年5月、2022年6月、2026年6月です。

暴落の月は5回とも増え、大きく上がった月は多くが減っていた

暴落の月の5回とも、預けられたビットコインの枚数は前の月より増えていました。増え方の真ん中の値は2.4%です。いちばん大きく増えたのは2020年3月で、約15万2千枚から約16万9千枚へ、11%増えました。

2026年10月30日 取得暴落の月は5回とも、預けられたビットコインが増えていた

月を値段の動きで3つに分け、預けられた枚数が前の月の終わりより増えた月の割合を出しました。青い棒が、値段が1か月で2割以上下がった暴落の月です。

暴落の月(5か月) 100% そのほかの月(72か月) 58% 2割以上上がった月(18か月) 22%

2018年10月〜2026年8月の95か月。値段の動きはドル建てです。円建てで分けると、暴落の月は5回のうち4回で増えていました。

出典:日本暗号資産等取引業協会「会員の暗号資産取引状況表(月次)」(2018年9月〜2026年8月・2026年10月2日の更新)の、利用者が預けたビットコインの枚数と、Binanceの月末の値段(ドル建て)から筆者が数えた。数え方は元データと同じ場所の method.md・元データ

反対に、値段が1か月で2割以上上がった月は18回ありました。そのうち14回で、預けられた枚数は減っていました。そのほかの72か月では、増えた月と減った月が6対4ほどでした。

境目を2割から動かしても、向きは変わりませんでした。1割、1割5分、2割5分、3割の境目でも、暴落の月の8割以上で、預けられた枚数が増えていました。

円建ての値段で分けると、暴落の月は5回のうち4回で増えていました。残りの1回は2022年11月です。この月は、円建てでは2割以上下がりましたが、ドル建てでは2割に届いていません。預けられた枚数は1%減りました。海外の大きな取引所のFTXが、破産の手続きを申し立てた月です。

下げ相場のいちばん安い月にも、預けられた量は下げの前より多かった

翌月に減って元に戻ったのは、5回のうち1回だった

売るために送り込んだ分は、取引所の会社へ売られると、預けられた量から抜けます。その場合、翌月の終わりには、預けられた枚数が減って元に戻ります。

5回のうち4回は、翌月の終わりにも、暴落の前の月より多いままでした。2026年6月の1回だけは、翌月に減って、暴落の前の月とほぼ同じ量に戻りました。

値段が3割以上下がった下げ相場で、5回とも増えていた

もっと長い期間でも確かめました。1回の下げ相場は、月の終わりの値段(ドル建て)で決めました。それまでの最高値の月から始め、その最高値を超え直す前の、いちばん安い月で終わりとします。最高値から3割以上下がったものは、8年で5回ありました。

2026年10月30日 取得値段が3割以上下がった5回の下げ相場で、預けられたビットコインは5回とも増えた

下げ相場ごとに、最高値の月の終わりから、いちばん安い月の終わりまでの、預けられた枚数の変化です。かっこの中は、同じ期間の値段の変化(ドル建て)です。

2018年9月〜2019年1月(値段−48%) +5% 2019年6月〜2020年3月(値段−41%) +15% 2021年3月〜2021年6月(値段−40%) +2% 2021年10月〜2022年12月(値段−73%) +18% 2025年7月〜2026年6月(値段−49%) +1%

最初の2018年9月は、最高値の月ではなく、数え始めた月です。最後の下げ相場は、2026年8月の時点で最高値を超え直していません。

出典:同上・元データ

いちばん長く大きかったのは、2021年10月から2022年12月までの下げ相場です。値段はドル建てで73%下がりました。円建てでは69%です。そのあいだに、預けられた枚数は約12万6千枚から約14万9千枚へ、18%増えました。送り込んだ分がそのつど取引所の会社へ売られていたなら、これだけは積み上がりません。

いちばん新しい2025年7月から2026年6月までの下げ相場では、増え方は1%ほどにとどまりました。値段がドル建てで25%上がった2026年8月には、預けられた枚数は3%減っています。

預けていた円は、暴落の月に5回とも減っていた

同じ統計は、利用者が取引所に預けている円などのお金も、毎月の終わりに数えています。取引所の会社にビットコインを売って円に替えた人が多ければ、預けられた円は増えます。

暴落の月の5回とも、預けられた円は前の月より減っていました。減り方の真ん中の値は4.7%です。そのほかの月の真ん中の値は、0.3%の減りでした。取引所での売り買いの金額は、5回のうち4回で前の月より増えていました。暴落の月に、利用者が売り買いをやめていたわけではありません。

円が減ってビットコインが増えた形は、預けていた円でビットコインを買った、という読み方と合います。ただし、円は銀行へ引き出しても減ります。借りたお金で大きく売り買いする取引で損をしても減ります。この記録から、買った量そのものは分かりません。

イーサリアムでも、暴落の月には預けられた量が増えていた

同じ統計は、イーサリアムという別の暗号資産についても、預けられた枚数を数えています。ビットコインと同じ決め方を、数える前に決めてから当てました。イーサリアムの値段が1か月で2割以上下がった月を、暴落の月とします。

イーサリアムの暴落の月は12回ありました。12回とも、預けられたイーサリアムの枚数は、前の月より増えていました。2割以上上がった月は21回あり、そのうち18回で減っていました。

2026年10月30日 取得イーサリアムでも、暴落の月は12回とも、預けられた枚数が増えていた

図1と同じ分け方を、イーサリアムに当てました。青い棒が、イーサリアムの値段が1か月で2割以上下がった暴落の月です。

暴落の月(12か月) 100% そのほかの月(62か月) 58% 2割以上上がった月(21か月) 14%

2018年10月〜2026年8月の95か月。値段の動きはドル建てです。

出典:日本暗号資産等取引業協会「会員の暗号資産取引状況表(月次)」(同上)の、利用者が預けたイーサリアムの枚数と、Binanceの月末の値段(ドル建て)から筆者が数えた。数え方は method.md・元データ

2つの暗号資産で同じ向きが出たので、ビットコインだけに起きた偶然とは考えにくくなります。ただし、どちらも同じ取引所の同じ利用者の記録です。日本の利用者の動き方が、2つの暗号資産に同じように出ている、ということかもしれません。

反対側から見ると

この記録は、慌てて売った人がいなかったことを示してはいません。預けられた量は、日本の利用者全体の差し引きです。取引所の外から送り込んで慌てて売った人がいても、それを買った人が取引所に置いたままなら、合計は増えます。言えるのは、取引所の中にある量が、全体としては減らなかったことまでです。

脳の説明が間違っている、ということにもなりません。導入部で書いたとおり、150本の論文をまとめた研究でも、人は損を得のおよそ2倍重く感じていました。一人ひとりの中で起きることと、たくさんの人の差し引きで起きることは、別の話です。

取引所の外にあるビットコインも、この記録には入っていません。取引所の外に自分で置いている分や、海外の取引所にある分です。団体の注記によると、一部の会員のデータを除いた月もあります。それがどの月かは、公表された表には書かれていません。

向きのそろい方は、弱くなっています。前半の4年より後半の4年のほうが、値段の動きと預けられた量の動きのそろい方は弱くなりました。いちばん新しい下げ相場の増え方は1%ほどで、これまでの下げ相場のなかで最も小さいものでした。

この記事が覆るとき

次の暴落の月に、預けられたビットコインの量が前の月より減ったら、「5回とも増えていた」を書き直します。暴落の月の決め方は、ドル建てで1か月に2割以上の下げのままにします。下げ相場の数え方で、預けられた量が減った回が出たときも同じです。

団体が過去の数を直したときも、数え直します。買った分と送り込んだ分を分けた記録が公表されることもありえます。暴落の月に増えた分の多くが、すぐに売られた送り込みだと分かったら、2つ目の節を書き直します。

書き直すときは、この記事のはじめに、書き直した日と理由を足します。元データ、数え方、数えた結果は、図の「元データ」から取れます。

「値段が下がると、人は慌てて売る」と聞いたら、それが誰の、どの記録で確かめられた話なのかを見てみてください。