日本円ステーブルコインまとめ|JPYC・Progmat・DCJPY・CBDCの全体像と将来性

PayPayやSuicaに慣れた暮らしに、1円=1デジタル円という新しいお金が登場します。金融庁認可のJPYC、三菱UFJ信託が主導するProgmat Coin、企業連合のDCJPY、そして日銀が検証するCBDC。それぞれ異なる立ち位置で円のデジタル化を進めています。

世界のステーブルの99%はドル建てですが、日本もついに挑戦に踏み出しました。銀行預金の安心感を持ちながら、ブロックチェーンで数秒・数円コストで送れる円ステーブルは、決済から投資、国債市場まで波及する可能性があります。ここからは各プロジェクトの特徴と課題を整理し、未来像を一緒に見ていきましょう。

円ステーブルコインとは?注目される理由と背景

世界を席巻するドル建てステーブル

ステーブルコインとは、ドルや円などの法定通貨と価値を1対1で連動させた暗号資産です。価格変動が激しいビットコインとは違い、安定した価値を保つため、国際送金やDeFiで基盤的に使われています。

SuicaやPASMOは駅やコンビニで便利に使えますが、それ以上の範囲には広がりません。JPYCは同じ「1円=1円」でも、数秒で海外に送れ、DeFiやNFT決済にも使える点が決定的に異なります。

現在の市場は99%以上が米ドル建てで、USDTやUSDCが圧倒的シェアを占めています。その発行残高は10兆円超に達し、日本円の紙幣流通量に迫る規模です。そこに円ステーブルが食い込めば、日本経済のプレゼンスは「電子マネーの延長」を超えて国際金融に波及する可能性があります。

日本経済・利用者にとっての意義

円ステーブルは日常の支払いにも直結します。クレジットカードやスマホ決済では1〜3%の加盟店手数料がかかりますが、JPYCならコンビニコーヒーより安い数円のブロックチェーン上の手数料(通称ガス代)で済みます。銀行振込の数百円や海外旅行での両替手数料と比べても、その差は圧倒的です。

さらに会計基準上「資金」として扱えるため、企業は暗号資産のように煩雑な評価替えをする必要がありません。給与払い、EC事業者の売上処理、自治体の地域通貨など、幅広い現場で実務コストの削減につながるのが円ステーブルの強みです。

JPYCの国際比較|USDT・USDCとの規模と制度の違い

ステーブルコイン発行残高(円換算)
USDT約8兆円
USDC約4兆円
JPYC約21億円

※このグラフは桁違いの差を直感的に示すため、縦軸を対数スケールで表示しています。

世界のステーブル市場は、USDTが約8兆円、USDCが約4兆円と圧倒的シェアを握っています。これに対しJPYCの発行残高は約21億円。比率で見れば「数千分の1」に過ぎません。

ただし、JPYCは金融庁認可の電子決済手段として国内初のライセンスを取得しました。ドル建て大手が「監査や透明性」で評価を争うのに対し、日本では制度が整備済みで、法的に1円で償還できる点は国際的にもユニークです。

【仮説】:発行残高では劣っていても、制度設計と円という通貨基盤を活かせば「ドル一強」の市場に食い込む可能性があります。特にアジア圏での円需要や、ドル依存を嫌う投資家にとって、JPYCは代替的な受け皿になり得ます。

JPYC ─ 金融庁認可の先行プレイヤー

概要と沿革

JPYCは2019年に設立されたスタートアップが発行する日本円連動のステーブルコインです。これまでは「JPYC Prepaid」として円に戻せないプリペイド式で流通し、電子マネーに近い存在でした。しかし2023年の法改正を経て環境が整い、2025年8月に資金移動業者として金融庁に認可。今秋からはいつでも円に戻せる“本物のデジタル円”として発行と償還が始まります。対応チェーンはEthereum・Polygon・Avalancheです。

特徴

JPYCは銀行預金と日本国債を100%裏付け資産とし、常に1 JPYC=1円で交換可能です。発行や償還に手数料はかからず、利用者が負担するのはブロックチェーン上の手数料(通称ガス代)のみ。例えば1万円の商品をカードで決済すれば300円前後の手数料がかかりますが、JPYCなら数円で済みます。この差は店舗や事業者にとって利益率を大きく改善する可能性があります。

また会計基準上「資金」として扱えるため、暗号資産のように評価損益を計算する必要がありません。企業にとっては現金同等物として処理でき、経理・決算業務の負担軽減にもつながります。

JPYCの課題と将来性

一方で現行の「第二種資金移動業」では、1件あたり100万円までという上限があります。例えば企業が数百人分の給与をまとめて支払う場合や、輸出入の大口決済ではこの制約がネックとなります。現状は少額決済や個人送金、EC決済などが主戦場です。

2025年8月時点での発行残高は21.4億JPYCにとどまり、米ドル建てステーブルの数兆円規模と比べればまだ小規模です。実際、Polygon上の流動性プールは数千ドル規模に過ぎず、取引は“草創期”といえる段階にあります。今後は流動性や加盟店ネットワークの拡大が成長のカギであり、信頼性と利用先の広がりが伴えば、JPYCは国内決済のスタンダードに成長する可能性を秘めています。

Progmat Coin ─ 三菱UFJ信託が率いる銀行型モデル

仕組み

Progmat Coinは三菱UFJ信託銀行が中心となり、複数の金融機関と連携して開発している「信託型ステーブルコイン」です。利用者から預かった円は銀行の財布とは別の“専用の金庫”に入れられるイメージで、仮に銀行が倒れても守られる仕組みになっています。その受益権をトークン化して流通させることで、高い安全性を確保しています。

発行主体が大手金融機関であることから、証券決済や大規模法人決済など、信頼性が最優先される分野に強みを発揮します。

強み

銀行の信用を背景にしているため、機関投資家や大企業にとっては大きな安心感があります。例えば株や社債の売買は通常“翌営業日”に決済されますが、Progmatを使えばその場で完了する即時決済が可能になります。これは資本市場の効率を大きく変えるインパクトがあります。

さらにProgmatは証券トークン基盤「Progmat ST」と連携することを前提に設計されており、日本のデジタル証券市場の中核を担う存在になりつつあります。

課題

一方でProgmat Coinは金融市場向けに特化しているため、日常利用には結びつきにくいのが現状です。ウォレットや小口決済の体験設計は弱く、コンビニや飲食店で「Progmatで払います」と言えるわけではありません。一般ユーザーの日常決済や個人間送金には、よりオープン性の高いJPYCの方が適しています。

DCJPY ─ デジタル通貨フォーラム発の企業連合型

狙い

DCJPYは、DeCurretが事務局を務めるデジタル通貨フォーラムから生まれた企業連合型の円デジタル通貨です。参加企業にはメガバンクや大手企業が名を連ねており、主な目的は法人間の大口取引を効率化することにあります。特に商社やメーカーのサプライチェーン決済、エネルギー取引など、巨額の資金移動が頻発する分野での利用を想定しています。

特徴

DCJPYは「トークン化預金」という仕組みを採用し、各参加銀行の預金口座と連動して発行されます。つまり、ユーザーのお金は銀行預金として安全に保管されつつ、その残高がデジタル通貨としてブロックチェーン上で動くイメージです。利用されるのは公開型ではなくコンソーシアム型ブロックチェーンで、信頼できる参加企業だけがノードを運営するため、セキュリティと統制性に優れています。

すでに実証実験では、電力取引や商社の決済など具体的なユースケースで検証が進められており、産業界に特化した「使えるデジタル円」としての地位を狙っています。

補完関係

JPYCやProgmatが小口決済や金融市場をカバーするのに対し、DCJPYは企業間決済のインフラとして機能する点が特徴です。たとえば、数億円単位のエネルギー取引を瞬時に決済する、といったシナリオです。そのため、個人がコンビニやネットショップでDCJPYを直接使う未来は想定されていません。

つまりJPYC・Progmat・DCJPYは競合というより棲み分け型。JPYCは日常やWeb3、Progmatは金融市場、DCJPYは産業界の大口決済を担う――それぞれが役割を分け合うことで、日本の円デジタル通貨圏が立体的に広がっていくと考えられます。

CBDC(デジタル円)とは?JPYCなど民間ステーブルとの違い

日銀の実証実験と現状

CBDCとは、日本銀行が発行するスマホで直接持てるお札や硬貨のような存在です。現金と同じ1円=1円の価値を保ちつつ、完全にデジタルで流通します。つまり、財布に紙幣を入れる代わりに、スマホに「日銀直発行の円」をそのまま持つイメージです。

日本銀行は2021年から実証実験を進めていますが、まだ「実験室」の段階にあり、実際にいつ利用できるようになるかは決まっていません。対象は、一般市民が使う「リテール型」と、金融機関同士の「ホールセール型」の両面です。

民間ステーブルとの共存可能性

CBDCは国家が保証する唯一のデジタル円であり、最高の信用度を持ちます。しかしその分、機能はシンプルになりがちです。各国では「CBDCが基盤、民間ステーブルが利便性を広げる」という二層モデルが議論されています。

イメージすると、CBDCは水道管、民間ステーブルは蛇口から出る水のような関係です。基盤となる通貨を国家が整備し、民間事業者がその上に多様なサービスを乗せていく構図が現実的と考えられます。

インパクト

もしデジタル円が導入されれば、銀行振込や現金取引の多くが置き換わり、日本の金融システムが根本から変わる可能性があります。給与や税金、公共料金がスマホのウォレットに即時反映され、そのまま支払いに利用できる未来が想定されます。

現金を引き出す必要がなくなり、生活の多くが「直接デジタル円」で回るようになる一方、民間ステーブルはより使いやすさや応用領域で補完する役割を担います。「国家の通貨」と「民間のサービス通貨」の棲み分けが、日本のデジタル通貨戦略の焦点です。

比較とポジショニング

制度・担保・用途の比較表

日本円ステーブルといっても、制度や裏付け資産、利用シーンは大きく異なります。下表を左から右に読むと、JPYCは最も自由度が高く、CBDCは最も公的で堅牢という制度と用途のグラデーションが見えてきます。

名称制度区分裏付け資産主な用途強み課題
JPYC資金移動業者型
(第二種)
銀行預金+日本国債小口決済・P2P送金・Web3支払い手数料ほぼゼロ、会計上「資金」扱い1件100万円上限、流動性と加盟店拡大
Progmat Coin信託型ステーブル
(信託銀行主体)
信託財産として分別管理証券決済・金融市場大手金融の信用、ST基盤との連携個人利用に不向き、オープン性の乏しさ
DCJPYトークン化預金型
(銀行コンソーシアム)
参加銀行の預金口座法人間決済・商取引大企業間取引の効率化一般利用は限定的、コンソーシアム依存
CBDC(デジタル円)中央銀行発行日本銀行の直接信用国家インフラ・公的決済最高の信用度、全国民利用可柔軟性に欠ける、民間サービスとの住み分け必要

生活者=JPYC投資家(市場インフラ)=Progmat/法人B2B=DCJPY/国家インフラ=CBDC──この配役で見ると、各プロジェクトの「使いどころ」と限界が一目で整理できます。

判断のコツはシンプルです。オープンで安価な少額決済はJPYC、資本市場の即時決済はProgmat、巨額の企業間決済はDCJPY、全国民レベルの支払いと法定通貨の根幹はCBDC。それぞれの土俵で比べましょう。

ユースケース別の適地

日常生活のコンビニ決済やネットショッピングにはJPYC、株を買った瞬間に受け渡しが終わる即時決済にはProgmat Coin、輸入企業がその日のうちに数億円を決済するようなケースにはDCJPY、そして給与や税金、社会保障といった国家レベルの支払いにはCBDCが適しています。

言い換えれば、「個人=JPYC」「金融市場=Progmat」「企業間=DCJPY」「国家インフラ=CBDC」と役割が分かれており、リレーのように個人→金融→企業→国家とつながっていく構図です。競争で一強を目指すのではなく、分担して共存するのが日本型の円デジタル通貨圏の特徴だといえるでしょう。

投資家視点での評価とリスク

普及シナリオ

短期的には、金融庁認可を得て個人や事業者がすぐに利用できるJPYCが先行して普及しやすいと考えられます。たとえばコンビニやECサイトで「数円の手数料で即時決済」ができるのはJPYCの強みであり、日常に根づくスピードは速いでしょう。

一方、中長期的にはProgmat Coinが証券市場、DCJPYが商社やエネルギー業界の法人決済、CBDCが国家インフラを担い、それぞれの領域で普及していくと見込まれます。投資家にとっては「誰が勝つか」ではなく、用途ごとの住み分けを前提にした長期的視点が重要になります。

リスク要因

ただし課題もあります。JPYCは現状「1件100万円まで」という規制上の制限があり、企業が社員の給与をまとめて支払うといった大口決済には使えません。Progmat CoinやDCJPYは産業・金融市場に特化しているため、一般ユーザーにとっては馴染みにくい設計です。

さらに今後、AML(マネーロンダリング対策)強化の流れで、本人確認や利用条件が現在より厳しくなる可能性があります。そして、もし日銀がCBDCを正式に発行すれば、民間ステーブルの役割は再定義を迫られるでしょう。

投資家にとっての活用余地

投資家目線で注目すべきは、円ステーブルがドル依存からの分散手段になる点です。これまで暗号資産やDeFiの取引はほぼドル建てでしたが、円ステーブルが広がれば円建てで利回り商品やレンディングに参加できるようになります。

また、為替リスクを避けたい投資家にとって、円ステーブルは「デジタル版の安全資産」として機能します。ドル一極集中に偏らないポートフォリオ戦略を組むうえで、円建ての選択肢を持つ意義は大きいといえるでしょう。

総評

円ステーブルの本質的意義

円ステーブルの登場は、単なる決済手段の追加ではなく、生活と投資の両面を変える転換点です。日常の買い物や送金が数円で即時に行える一方、国際的にはドル一極に依存しない多極化の一歩にもなります。JPYC・Progmat・DCJPY・CBDCがそれぞれの役割を担い、重層的に組み合わさることで、日本型のデジタル通貨圏が形を帯びてきました。

JPYC総評|挑戦と今後のシナリオ

中でもJPYCは、規模はまだ小さくとも「ほぼ無料で使えるデジタル円」として最初の扉を開きました。これは電子マネーにもクレジットカードにもなかった体験であり、挑戦者だからこそ生み出せるインパクトです。今後、流通や加盟店の拡大次第で、私たちの生活に深く浸透する可能性があります。

一方で、規制強化やCBDC導入といった外部環境の変化によって、民間ステーブルの立ち位置は常に揺れ動きます。重要なのは競争ではなく棲み分け。共存の中で円の存在感を高めるエコシステムを築けるかどうかです。

今後のシナリオは二つに分かれます。ひとつは、日本国内の小口決済に特化し、電子マネーの進化版として普及する道。もうひとつは、円の信頼性を背景に、アジアや新興国でドル依存を補う「デジタル円」として拡張する道です。どちらに振れるかは、発行残高と国際連携次第です。

投資家の視点と戦略

投資家にとってのポイントは、短期では「国内決済インフラ」としての実需、長期では「デジタル円」として国際展開できるかに尽きます。現時点では流動性が小さく投機対象にはなりにくいですが、数年単位で発行残高や導入事例が伸びていくかを追うことは、ポートフォリオのリスク分散という観点で意味を持ちます。

投資家と生活者への問い

ドル基軸の世界で、日本円がデジタル空間でも確かな役割を持てるのか。これは同時に、私たちが「財布の中の現金をデジタルに置き換えられるか」、そして投資家が「ドルに依存しない選択肢を持てるか」という問いでもあります。円ステーブルの進化は、生活と投資の両方に直結する未来を示しています。